恥ずかしさは大事!

【第5回 美術を語る茶会】


開催地:トキハ別府店 7階

参加者:7名


作品発表に伴う「恥ずかしさ」とは何か?

昨日の茶会の話題に上ったテーマの一つです。


なぜ恥ずかしいと思うのか?

それでも発表するのはなぜか?


「そういえば、初めて作った曲を友達に聴かせたとき、メチャクチャ恥ずかしくて死にそうになって、服を全部脱ごうと思ったもん」


こんな発言がありました。


なんとも初々しい、若者の気分を思い出させる発言です。本気でぶつかって作り上げたものを初めて人に見せるという事は、怖くて恥ずかしい、大きな不安をはらんでいるものです。


場数を踏むことで、そういった恥ずかしさや不安に対して少しずつ鈍感になり、表現者としての図太さを身につけていくものなのでしょう。それはある意味大切なスキルの一つである事は確かなのですが、このある種のふてぶてしさは、作品に対しての感動を妨げる要因になり得る様な気もします。


それは、どんなにキャリアを積んだとしても、恥ずかしくて発表する事に不安を感じる程に初々しい問題を自分の中に持ち続け、それを作品化できる赤裸々さを忘れない事が大切なのだ、という事を示唆しているようにも感じます。


恥ずかしさと表現欲のせめぎ合いを感じる作家に共感します。


内面に由来する事は恥ずかしいものです。それでも、いま心にあるもの感じているのもの考えを生のまま出す、なんの言い訳もなく表現するしかない爆発するような気持ち。こののっぴきならなさが本物の表現欲です。


ある意味では、最近発表した作品が恥ずかしいか否かが、その作品の自分に対する新しさのバロメーターとなり得るのかもしれません。


恥ずかしさは大事です。

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