オルタナティブということ

【第26回 美術を語る茶会】


開催地:自宅

参加者:4名


今回は抽象画に関する議論が白熱し、ほぼそれがメインでしたが、内容があまりに専門的すぎたのでここで取り上げるのはやめておきます。


その代わりとして。


我々がアーティストとして現代美術をやって行くためにはどうしたら良いのか、結局オルタナティブなところでやるしかないのか、という話が出ました。すると参加者の一人が、


「でもオルタナティブな場所っていうのは、お客もオルタナティブ、価値観もオルタナティブ、金額もオルタナティブなんですよ、意味ないんですよ!」


との発言。なかなか面白いです。さらに、


「今のアーティストがオルタナティブなところで王道なことをやろうとするのが、非常にいかんのだと思いますね。本当にオルタナティブなアーティストになるなら、活動自体をオルタナティブにしないと」


なるほどなあ、と考えさせられました。


しかし現代美術そのものが、そもそも世間的に王道なのだろうか?という疑問を後から持ちました。


確かに昔から美術はカルチャーの王道のひとつだし、現代美術もその文脈から今の美術の王道だと言えると思います。しかし現代のカルチャーの王道のひとつに現代美術が数えられるとはとても思えません。


そもそも純粋な現代美術のファンの数は極少数で、一説には全国に2・3千人ほどではないかとも言われているようです。


昔からの流れで、現代美術はカルチャーの王道のひとつとしての扱いを受けていますが、実は、今現在は美術自体が不在であり、現代美術そのものがオルタナティブなカルチャーなのではないかとも思えます。


今回は思いつきで何の裏付けもなく書いているので自信があまりありません。実際のところはどうなんでしょう?そもそもカルチャーって何なんでしょう?現代美術とは?


わからないことだらけです。

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